ジョン・ランボー

本名ジョン・ジェームズ・ランボー(以下、ランボー)は、1947年7月6日アリゾナ州ボーウィに、ネイティブ・アメリカンの父とドイツ系アメリカ人の母の間に生まれた。なお、7月6日はスタローン本人の誕生日でもある(スタローンは1946年生まれ)。ランボーは、1965年にレンジフォード高校を卒業し、1966年1月2日、18歳でアメリカ陸軍に入隊した。同年9月に南ベトナムに配属されたが、翌年にグリーンベレーの特殊訓練を受けるために帰国し、ノースカロライナ州へ赴いた。1969年に南ベトナムに再配属されたが、1971年中国とベトナムの国境で北ベトナムの捕虜となった。その際、ランボーや他のアメリカ軍捕虜たちは過酷な拷問を繰り返し受け、この時の体験が後々のトラウマになってしまう(『ランボー』での回想シーンとして、登場する)。ランボーは、1972年5月に何とか脱出した。

1974年9月17日、ランボーはアメリカ陸軍を名誉除隊した。最終階級は不明である。ランボーは帰国した際、多くのアメリカ国民が帰還兵を憎んでいることを知った。反戦的なヒッピーたちが帰還兵にゴミを投げつけ、「赤ん坊殺しめ!」と罵っている様子を見て、ランボーは屈辱と困惑を覚えた。ベトナムでの体験と帰国後の体験は、極度の心的外傷後ストレス障害を引き起こし、ランボーを蝕んだ(現実の帰還兵の多くもこの病を発症している)。それらは、ランボーに社会への激しい憎しみを生じさせた。